諏訪市原田泰治美術館でおこなわれている企画展[信州が生んだナイーブアートの鬼才 横井弘三展](2009.4.22〜7.12)を観てきました。
知っているようで知らなかった横井弘三*1の世界。
フィリア美術館では、かつて横井弘三の作品を一点、展示したことがあります。
2004年に開催した企画展『絵雑誌 子供之友*2の世界 小さな窓から』において、婦人之友社からお借りした三十数点の原画の中の一つでした。
さまざまな個性がそろった魅力的な作品のなかでも、横井弘三の『のぞきめがね』(大正14年6月号)は、ひときわ異彩をはなっていました。終わりのない世界とでもいうべき奇妙さ。一見して読みとれる物語(起承転結や主役脇役といった、どの場面を誰を中心に描いているのか)や教育的なメッセージはないのですが、ただただ素朴なタッチと妙な味わいが楽しくて、お客様からの人気も高かったと記憶しています。
今回の[横井弘三展]では26点の作品が出品されていました。
図録や絵葉書がありませんでしたので、きっちり自分の目に入れて心の中にちゃんと納められるように、じっくりしっかり拝見しました。
「横井弘三の作品は、こんなに楽しい!素晴らしい!」と伝えたくてあれこれ言ってみようとするものの、いくら言葉を重ねてもわかってもらいないような、なにか言葉を発してもしょうがないような、そんな気分にさせられてしまいます(美術館学芸員にあるまじき発言ですね。申し訳ありません)。ぜひどうぞじっさいに味わっていただけたらと思います。
*1 横井弘三(よこいこうぞう 1889-1965)
明治22年、長野県飯田市生まれ。大正4年、第2回二科展で樗牛賞受賞、「日本のアンリ・ルソー」として華々しくデビューします。有島生馬は「後世に遺るべき絵」と評価していたそうです。その後、中央画壇と決別し、昭和5年、日本アンデパンダン展を創始するなど独自の創作を追求しました。また既存の技法にとらわれず「焼き絵」など新しい技法にとりくんでいますが、当時の画壇との決別は、画材などの配給が受けられないことを意味しますので、創作をつづけるための彼なりの工夫だったのかも知れません。
彼は作品を売ることはなかったそうですが、支援してくれる方に気前よく(?)作品を差し上げたそうです。原田泰治美術館での展示の多くは、信州新町美術館から出品されていました。
*2 子供之友
名だたる画家たちによって描かれた子供のための絵雑誌『子供之友』は、大正3年に婦人之友社から発行されました。北沢楽天・武井武雄・竹久夢二・村山知義などなど・・・が活躍していましたが、昭和18年に戦争中の用紙制限により、休刊になりました。